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やってると思いますよ、あっちで。 [回想録]

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彼はお洒落でしたね。

中学生の時の制服。

ズボンの折り目、いつもピシッとついてましてね。

立ち話なんかしていてもいつもそれを気にしていまして、指でつまみあげたりしているのが今でも印象的ですね。

一度聞いたことがあります。

「そのズボン、やっぱり寝押しかなんかしてるわけ?」

「そう。するけど、アイロンもかけるよ」

寝押しねぇ。

懐かしいですね。

昭和ですね。

もちろん上着の内ポケットにはクシがいつも入っていて事あるごとに髪の毛に当ててました。

今、クシなんか持ってる子いるんですかね(笑) 

今はないんですけど昔今の三軒茶屋の青葉病院のとなり・・・

そうそう今のティップネススポーツから渋谷方面にちょっと行ったところに「ハシワヤ」という酒屋さんがありましてね。

確か小さいときの記憶ですけどブリッジの「橋」に平和の「和」だったと思うんですけれど。

そこから暖簾分けで彼のおじいちゃんが「栄通り」にハシワヤさんを出したらしいですよ。

あと若林にも同じ屋号でありますね。

彼のおじいちゃんは新潟出身でしてね、うちのおばあちゃんも新潟だから三軒茶屋の新潟県人会で一緒だったらしいですよ。

で、お父さんは世田谷高校、今の世田谷学園で僕の親父も世田谷学園。

同級生だったかどうだったか、まあ同世代で同じ学校ですね。

三軒茶屋の親父ぐらいの世代の人、世田高出身多いですから。

で、彼とは僕は小学校からの付き合い。

大人になってからは知らない人は不思議がるんですけど何で本当の名前ぜんぜん違うのに彼のことを「ハシくん」て呼ぶの?って。

いつのころからあだ名代わりに友達たちが店の屋号で呼ぶようになってたんですね。

「ハシワヤ」って。

まぁ、それぐらい栄通りじゃ大きな酒屋さんだったわけですよ。

やっぱり、今はなくなっちゃったんですけどね。




大人になってからは彼は帽子が好きでいつもキャップを被ってまして、うちのお客さんで何度かこの鮨屋で一緒になったことのある人は

「ほら、あの、やっちゃんのお友達のキャップ被った・・・」

なんて言って、トレードマークでした。

ここ数年はキャップではなくハンチング。

いつもハンチング。

キャップはいますがハンチングはそんなにいません。

三軒茶屋で見かければすぐ分かりました。

つい亡くなる半月前ぐらいにも会って、やっぱりハンチング被ってました。



納骨の時にお父さんと立ち話したのですが、ニコッと笑った顔が彼そっくりで。

びっくりしました。

でも、考えてみたら僕もそうだと思うんですけど、歳をとってきて僕らのほうがだんだん親父に似てきているんですね。

当たり前ですけど。 

彼も僕の前で笑ったその笑顔はお父さんに似てきていたんですね。





去年は秀ちゃんが亡くなって・・・

でもね、あの二人、仲よかったんですよね。

よく一緒に飲んでましたもんね。

三軒茶屋で。

今もやってるんじゃないんですか、あっちで。



 

そうそう、今頃二人で飲んでる姿がはっきりと目に浮かびます。 

 





しかし、三軒茶屋を歩いていてその角を曲がると向こうからハンチングが歩いてくるような、そんな気持ち、うん、しばらくは、そう、消えそうにないっスね。 

 




 

 


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